
二千年の樹齢にあやかり、古くからこの大楠を一廻りすると一年寿命が延びると伝えられています。
また、願い事のある人は思うことを誰にも云わず一廻りすると願い事がまとまるとも伝えられています。
古代の日本民族は、大きな木、岩、滝など巨大な自然創造物に神々が宿っていると信じ、其の自然創造物の前で祭祀を行い、感謝し祈りを捧げる神籬磐境信仰を持っておりました。
時が流れ建物の文化が進み、それらを中心に社殿、鳥居が建立され神社が形成されたといえます。
熱海鎮座の来宮神社は江戸末期まで『木宮明神』と称し、現在の『来宮』ではなく、『木宮』の字で古文書等記されております。
また伊豆地方に『キノミヤ神社』という社は十数カ所あり、各社とも必ず千年以上の御神木があることから、『木』に宿る神々をお祀りする神社として崇敬を集め、古来生活文化に欠くことのできない木に感謝する信仰を有しておりました。
今から百二十年前の嘉永年間に熱海村に大網事件という全村挙げての漁業権をめぐる事件が勃発し、その訴訟費等捻出のため、境内に聳え立っておりました七本の楠のうち五本は伐られてしまいました。
古記によると、残されているこの大楠をも伐ろうとして樵夫が大鋸を幹に当てようとしたところ怱然として白髪の老人が現れ、両手を広げてこれを遮る様な姿になると大鋸は手元から真っ二つに折れ、同時に白髪の老人の姿は消えてしまったそうです。
これは神のお告げであるとして村人等は大楠を伐ることを中止致しました。 この木が即ち現在ある御神木であります。
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この大楠に対して古代の人々は「神の魂にお降り願う木」つまり神の依代として、この御神木の中に宿る神の魂と人々は対面し、尊び聖なる木として崇めてまいりました。
斯くて二千年の長い間、落雷、暴風雨など、世の天変地異にも耐え、現在に至っております。一年を通じ、恒に青々とした楠の葉を繁らせ、現在でも成長し続けていることから、超越した生命力を有する木と信じられ、「不老長寿」「無病息災」の象徴とされ、二千年の長寿に肖ろうとする願いからか、大楠を一周すると「寿命が一年延びる」と信じられ、願い事がある方は、願い事を心に秘め幹を一周すると願いが叶うと言い伝えられ、多くの信仰を集めています。
この大楠を人に例えれば、世の中のあらゆる物を知り尽くしている太古老とでも申しましょうか。
然るに二千年を経ても尚樹生は少しも衰えず、根は深く大地に食い込み、巨岩を抱きかかえ、幹のこぶは石の様相を呈し、内に益るる生気は益々旺にして枝は毎日西に東に伸びゆき、未来永却に生き抜こうとする生命力の強靱さには恐ろしささえ感じ取れます。
楠の木は、常緑樹であるが故、新葉が成長し、古葉が落ちてゆきます。言い換えれば、親の葉は、子の葉の成長を見届けて落ちてゆくのです。つまり子孫の繁栄、国家の弥栄を象徴しているともいえます。
今の世に大楠のように長寿で然も厳然として物にも動せず、ひたすらに正しく生きる道に徹することが出来たならば、なんと幸せな事でありましょう。これに肖り、今現在でも国内外の方々をはじめ、訪れ願う参拝者はあとを絶ちません。
第二大楠は、幹の中身が落雷によってほとんどなく、はりぼてのような状態になっており、幹の裏側に回り服などが触るといまだに黒く汚れてしまいます。
そのような状態でも、この大楠はしっかりと生きており、青々とした葉を生い繁させています。
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